ゴッホの生と死 8
ボリナージュに落ちつくやいなや、ゴッホは献身的に働き始めました。
その噂を耳にした伝道委員会は、翌年1月、6ヵ月という期限を区切って、彼を伝道師に任命しました。
彼に伝道師としての能力があると認めざるをえなくなったわけですが、実はこの若者には、いささかその能力がありすぎました。
彼は、ここに、伝道師というひとつの職業を果しに来たのではなく、聖パウロのごとく、あるいはキリストのごとく生きるためにやって来たのです。
ここへ来るとき着ていた立派な服はたちまち消え去り、古ぼけた軍隊服を着、みすぼらしい帽子をかぶって村のなかを歩きまわる彼の姿が見られるようになります。
「坑決の大半はやせて、熱病のために青ざめた顔をしている。
彼らは疲学消耗した風で、辛苦のにじんだ顔は年よりふけて見える。
全体に、女の人は土色をして、やつれている。
炭坑の周りには貧しい坑夫たちの小屋だとか、煤煙のためにすすけて枯れた2、3本の樹だとか、茨の生垣だとか、堆肥、灰捨て場、石炭澤の山などがある
・・・と、彼はその手紙のなかで書いています。
こういう坑夫たちの家を訪れてその悲惨な生活に心をいためた彼は、衣服の大半を人びとに与えてしまったからなのです。